震える心へ

―自分が自分であり続けるために―より良く、より自分らしく生きるためのヒントになる話を考え付く限りの角度から話していきます。

「好きを仕事に」は難しいのか?

こんばんは、YUKISHIBAです。
今回は好きなことを仕事にすることは本当に難しいのか?というテーマでお話しします。


「好きを仕事にする」ということに関して、
現在では世代によらずこれを肯定的な意味で捉えるよりは、
これを真剣に目指すのは愚かだという考えをもって揶揄する言葉として捉えられることが多いように感じます。


私は「好きを仕事にすること」(正確には好きをお金にすること)を真剣に目指しているし、
目指すことはその人がその人らしく生きられる素晴らしいことだと思っています。
しかしそれを面と向かって公言するのは多少勇気が要ります。

何故なら、それを肯定している一方で、この言葉の裏に得体の知れない虚無感や、
それを口にするだけで滑稽だと思わせる何かを感じています。
それは「そんなの目指しても不毛で意味が無い」というような認識を背景に持っています。
世間一般の意見の端々からはそういった認識の存在を感じることが出来ます。


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ですがこの「そんなの目指しても不毛だ」というのは、好きなことを仕事にするということが魅力的でないという意味ではありません。
世間一般においても、寧ろ好きなことを仕事に出来たら幸せだろうという認識は浸透しているようなのです。


「好きを仕事にする」という目標は、魅力的だと広く信じられている一方で、
それを公言するだけでも痛々しく感じさせるほど否定的な印象も併せ持っているのです。

このような矛盾の裏には、好きなことを仕事にするのは余りにも難しいという認識があります。
大変魅力的である一方、それは非常に難しくて、ごく一部の特別な人にしかできないことだと認識されており、
多くの人がその認識を根拠にしてこの目標自体を自分には縁の無いことだと決めてしまうのです。


人は自分の考え方を他人にも当てはめる癖があり、自分が正しいと感じたいので、
好きなことを仕事にするなんで難しい、無理だと思っている人は
好きなことを仕事にしようとしている人を見ると反射的に揶揄したり、
否定的な意見を言ったりして、心の何処かでその人が挫折するのを期待するのです。



世間的には好きな事を仕事にする、つまり好きな事をして生きていくということは
そうでない仕事・生き方と比べて特別に難しいことだと認識されています。
皆も含め多くの人はそれに関して疑いを持たないと思います。

ですので今回は敢えてそこに切り込んでいきます。


本当に好きなことを仕事にするのは特別に難しいのでしょうか。

疑問:じゃあ好きじゃない仕事をするのは簡単なの?

この問題を考える時、投げかけるべき疑問はこれに尽きるでしょう。

「好きなことを仕事にするのは難しい。一握りしか成功しない。」
こんな風に言って自分には関係ないことのようにふるまう人。
或いはそうはしない人を見ると自分と同じになるように仕向けようとする人。


このような人はこの疑問に対して答えられるのでしょうか。
恐らく上記のような信念を強く持っている人ほど答えに困る筈です。


まず前提として「好きな事を仕事にすること」は魅力的だというのは世間一般の認識です。
その上でそれを実現するのは自分には無理だと諦め、自分は好きでもない仕事をしているのです。

ですから魅力的だと知りながらもそれを出来ないと考え、魅力的でないことを嫌々やっているのです。

そのような人が人生に本当に満足しているとはおおよそ考えにくいのです。
そしてそのような人がこの疑問を投げかけられて「うん、簡単だよ」と本当に答えるでしょうか?


少なくとも簡単だとは答えないはずです。
面倒だし大変だしストレスはたまるし、つらいと答える可能性の方がずっと高いと考える方が妥当でしょう。


この時点で、好きを仕事にすることが難しいか否かはさておき、好きじゃないことを仕事にすることが楽ではないことがわかります。


もし嫌な仕事を嫌々して生きている人に「好きなことを仕事にしたいっていうのは良いけど、そんなの大変だよ」
と否定的な態度で言われたらこう聞き返してみてください。
「じゃああなたのやっている仕事は楽ですか?」と。

きっと相手は「なんてこと言うんだ、大変に決まってるだろう」と返すでしょう。
嫌な事をやらなければ生きていけないというストレスを抱えたまま毎日生きている人が
大変じゃないはずがありませんから。

「好きを仕事にするのは難しい」は本当か?

結論から言えば、これは本当だと言わざるを得ないでしょう。
そもそも実現の仕方を満足に学ぶこともままならないまま行動し、現に大半の人が挫折するわけですから。

しかし好きじゃない仕事をすることに比べて特別に難しいかと言われたら、
それは違うと思います。


例えば嫌いな仕事を我慢してやる場合、
乱暴な言い方をすれば「ただ我慢しているだけでいい」という点で楽です。

好きな事を仕事にするのと違い、自分から頭を使って動かなくても、
嫌な事は次々降りかかってくるので、ただそれを思考停止して耐えてこなしていけばお金がもらえます。


我慢するのにそこまで特別な能力も思考力も要りません。
ただ感情を殺し、思考停止すれば良いだけですので、
好きなことを仕事にする時にかかるような労力はほぼ全く要りません。


しかし頭脳を使わない代わりに精神の切り売りになるので、
精神を非常に消耗します。


頭脳を使わない点では楽といいましたが、そこだけ抜き取って
嫌いな仕事を我慢する方が楽だと考える人は、
精神的な負担がどれだけ大きく苦しいかがまるでわかっていません。

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誰しも時間は一日24時間で、人生は一度きりです。
その時間を、人生を、好きでもないことをひたすら我慢することに費やすのです。

しかも好きでもないことを嫌々やって何が得られるでしょうか。
月々の給料と、時々のボーナス。
それは果たして自分が切り売りしたものの価値に本当に見合っていますか?


「苦労する上に得るものが無い」という内なる自分の不満に耳を塞いでいませんか?

「難しいからやらない」という毒

好きな事でも嫌いな事でも、それぞれ違った難しさがあります。
結局は自分自身がどういう基準でどういう難しさを選ぶかの問題なのです。


さてそれぞれ異なる難しさを持つ選択肢の中からどのような基準で選択するかが重要になるわけですが、
この時に多くの人が、無意識にやってしまっている重大なミスがあります。
それが、難しくない方を選ぼうとすることです。


人はより簡単な方へと流れていくものだとはよくいいますが、
それを習慣化することが危険だということはあまり気付かれていません。

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実感してわかると思いますが、生きていれば難しいことや面倒な事はつきものです。
どんなことにでも大なり小なり手間・労力はかかるし、
どんなものでもメリットとデメリットの両方があります。

簡単な方に流れるということはこの労力や手間・デメリットを減らす方向に動くことを言います。
なので簡単さを究極まで突き詰めるとすれば、これらが全く無い状態が最終目標だということになります。

では、究極的に簡単なこと、何一つ労力も手間も要らない理想郷とは何を指すでしょうか。


それは、「死」です。



どんなに手間を省いても、どんなに考えることをやめても、
生きている限り何らかの労力がかかります。
人は死ぬことでしかこれらから解放されることはないのです。


「難しいからやらない」が習慣化すればそれはエスカレートし、
簡単なことだけをして生きていくことを際限なく目指していきます。

あれは大変だ、これは大変だ、それも大変だ…
それを際限なく突き詰めればやがて「生きるのは大変だ」という事実に行きつきます。
その一歩先にあるのは生きることの難しさから逃れるための死です。

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その先にあるものを見れば自然と答えが見えてくる

好きなことを仕事にするのは簡単な事ではありません。頭も使うし高い自己コントロール力も求められます。
しかしだからといって好きじゃないことを仕事にする方が簡単だとするのは間違いです。

就職するまでは簡単でも、それを続けるには大して変わらないレベルの思考負荷や自己コントロール力を必要とします。
これが出来ないと精神を病み、結果的にその仕事は続けられなくなることもあります。


好きなことを仕事にする時に必要な思考と、嫌いな仕事をするときに必要な思考は種類が違います。
前者はいかにして理想を実現するか、どのようにして目標を達成するかというクリエイティブな思考が要求されるのに対し、
後者はいかに現状に耐え続けるかという、ストレスからいかに目を背けるかという思考が要求されます。


どちらが複雑で高度なのかと聞かれれば前者ですが、
どちらが大変かと聞かれれば、どちらも大した差はありません。
自分に素直でいることも自分を押し殺すことも結局大変なのです。

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さて次に、「好きなことを仕事にして成功する人なんて一握りの人間だけだ(お前には無理だ)」
という主張は果たして正しいでしょうか。


現状好きなことを仕事にして生きていくことに成功している人は一握りだという点は強ち間違いとは言えません。
種類により違いはありますが、生活が成り立って心から充実感を得られ、
生きている意義を感じられるレベルで上手くいっている人はごく少数かもしれません。

しかし同時に、嫌な仕事を我慢して生きる人生に心から満足している人もごく一握りと言えるでしょう。

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彼らが好きなことを仕事にするのを「難しい(大変だ)」と言う時も、「ごく一握りしか成功しない」という時も、
結局は自分のことを棚に上げているのです。

彼ら自身がやっていることも難しくて大変だし、幸せになれる人はごく一握りです。



どうせどちらも大変で成功するのが難しいなら、
やっていてより自分にとって価値のある方を選んだら良いのではないでしょうか。
より人生の満足度が高い方を選べばいいのではないでしょうか。

それでもあなたは好きでもないことをするために週40時間も50時間も費やして、
お金やお酒でストレスを誤魔化しながら生きていきますか?


最後に:皆に意識してほしいこと

「好きを仕事にする」というのは現実には公言するのも行動するのも勇気がいると思います。
その抵抗感にはほぼ間違いなく周囲の同調圧力があるはずです。
そして同調圧力に負けて感情を押し殺す生き方に流れていく人も少なくないはずです。


こんなこと言ったらきっと反対される、馬鹿にされる、という心配が先に立つような状況なら
本気で思っている事を言い出せなくなる人を責めることは出来ません。


好きなことを仕事にするべきか、好きなことと仕事は明確に分けるべきか、
ある程度の歳になると多くの人がこうした葛藤を抱えるのではないでしょうか。


しかしその葛藤の背景に「好きなことを仕事にするのは大変で、無謀な挑戦だ」というマインドブロックがあるなら、
今回お話ししたことをよく覚えてほしいのです。


生き続けることは大変なことです。
だから楽であればあるほどいいのであれば死こそが至高という結論にならざるを得ません。

(特に親はこのことによく注意して下さい。できる限り楽をしたい、楽をさせたいと考え勧めている人は、
それが我が子を自死に誘導しうることをよく覚えておいてください。)


だからこそ人は楽をするために生きているのではなく、
大変なこともある人生を通して何か自分の望むものを得るために生きているのです。

仕事は多くの場合、望もうとも望まざろうとも人生の大部分を費やすことになります。
嫌な仕事に人生の大半を使って、それで自分が心から望むものを手に入れられますか?


すくなくとも私はそうは思わないので、
好きなことを仕事にすることを追究し続けることにしたのです。

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ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

私の考えが絶対正しいかどうかはわかりませんが、
人は幸せになるために生きているということは確かだと思います。


その為には好きなことを仕事にした方が間違いなく人生の満足度は上がるはずだと思ったので、
それについて自分なりの根拠を持ちながらお話ししたのです。

結局のところ会社員だろうが、好きなことじゃない仕事だろうが、
自分が幸せで、満足の行く人生を歩めてるのであればそれでいいのです。
会社員を貶すつもりはないので、そこだけは誤解の無きよう。


ただ、もし「人生このまま終わるのか?これが自分のやりたかったことなのか?」と感じるなら、
一度我に返ってみてください。
そこには自分が本来やりたかったことを邪魔するマインドブロックがあるかもしれません。


今の仕事を続けることに疑念が生まれた時、
今回お話ししたことを思い出していただければ幸いです。



それでは、また。


YUKISHIBA