震える心へ

―自分が自分であり続けるために―より良く、より自分らしく生きるためのヒントになる話を考え付く限りの角度から話していきます。

「人間関係で悩んだことはありますか?」と聞かれたら

こんばんは、YUKISHIBAです。
今回は面接でよく聞かれるあの質問について深掘りしていきます。


面接では定番の質問がいくつかあり、その一つに
「人間関係で悩んだことはありますか?」
というものがあります。


面接は計算問題と違い決まった正解はありません。
受け手が思うことや考えを論理立ててわかりやすく伝えられることが最も重要とされています。

しかし世間一般においてはどうやら必ずしもそうとは言えないらしいのです。
面接の質問には正解の受け答えというのがあり、しかもこの正解というのが採用企業にとってかなり重要らしく、
正解でなければどれだけ論理的に説明しても意味は無いようなのです。


例えば人間関係に悩んだことがあるかという質問には、「悩んだことはない」と答えるのが正解で、
それ以外の答えは例え筋が通っていても不正解として切り捨てられるのです。

人間関係ほど人を悩ますものはない

巨大な迷路
もし私が面接官になってこの質問はすると思います。しかし就活生が「(人間関係に悩んだことは)ありません!」などと答えようものならその時点で7〜8割は落とします。それか激しく追及します。


勿論好き嫌いではなく理由があります。
①嘘をついて受かろうとしているから
②人間関係で問題を起こす可能性があるから


①嘘をついて受かろうとしている
人間関係で本当に悩んだことの無い人なんているのでしょうか。


一人として同じ人間はいません。
生まれも育ちも違えば常識も違います。
100人いれば100通りの意見、物の捉え方、性格があり、しかもそのことを生まれながらに理解しているわけでも、全てを受け入れられるわけでもありません。


そんな中で私たちは人生のなかで実に様々なコミュニティに属します。
家族、クラスメイト、部活の仲間、職場の同僚やクライアント、先輩後輩…

違う人間が何人も何十人も同じ空間で長い時間を過ごせば、衝突が起きない方がおかしいでしょうし、中には自分とどうにも合わない人がいたって何ら不思議ではありません。


よっぽど幸運で人間関係に恵まれていなければ、1回や2回ぐらいは人間関係で悩む経験があるものではないでしょうか。


難しい顔をした紙で顔を隠す人

正直言って、人間関係に悩んだことが無いというのは余りに嘘くさいです。
嘘でもいいから悩んだことが無いと答えるのが正解だと学習してしまったばかりに、内定に響かないように嘘をつくというのが横行しているように感じます。


しかし面接の場で嘘をつくのはどんな理由があっても不誠実だと思います。(不誠実な人を採りたい会社なら仕方ありませんが)
「内定を取るためには嘘も厭わない」と考えるその裏には
「この会社は嘘で誤魔化しておけば内定をくれる会社だ」という潜在意識が見え隠れします。


要は会社をなめてるのです。

そのつもりが無かったとしても、なめてると思われて仕方ないと思います。

だって現に相手を騙して採用されようとしたのですから。


「本音と建前を使い分けるのが大事です」と派遣会社の担当の方に言われたことがありますが、
これも聞こえの良い言い方をしているだけで、
要は内定を貰うためにはまず気に入られることが大事で、そのためには多少は嘘でも気に入られることを言うべきだということを言っているのです。


しかし繰り返しになりますが、
気に入られるために嘘をついたとしても、
相手を騙して気を引こうとしたことに変わりはありません。


やはり不誠実ですし、何より後々自分の首を絞めることになります。
嘘を隠し通すには別な嘘をつかなければならないのですから。


②人間関係で問題を起こす可能性がある
仮に本当に一度も人間関係に悩んだことがないという場合、私ならその人は人との接し方において問題を抱えている可能性を疑います。


大抵の面接官は逆ですよね。
多くの場合は人間関係に悩んだことが無い人程人との関わりが上手く、コミュ力が高いと捉えると思いますが、
果たして本当にそうでしょうか?
この疑問をもう少し掘り下げてみましょう。

悩んだことの無い人=成長したことの無い人

有刺鉄線の柵
※ここでいう「悩む」とは、不安症のように漠然と不安に思って思考を空回りさせる状態を除きます。

人が物事について最も真剣に考える時はいつか。
それはその物事について悩みを抱えた時です。

人はいつ悩むのか。
それは壁にぶつかった時です。


今の自分の力では解決出来ない問題に直面したとき、まず戸惑い、どうすれば解決出来るのかわからずに苦しみます。

そしてその解決方法を手に入れ、実際に壁を超えられた時に人は大きく成長します。



人が人間関係で悩んだ時、人は人間関係について真剣に考えます。

なぜ衝突したのか。
そもそも人は何故衝突するのか。
相手の立場に立ったらどうか。

それを理解するために更に掘り下げ、

人とはどういう生き物なのか、
人と付き合うとはどういうことなのか
といった真理のような部分にまで思考が及びます。


こうして人間関係に悩んだことがきっかけで、
人と関わることの本質を理解することに繋がるのです。
これは非常に得がたい自己成長ではないでしょうか。



では逆に人間関係に悩むことが無いとどうなるでしょうか。

壁にぶつからないので、人間関係に関して自分の理解を越える領域があることを知りません。
だから先にお話ししたような人間関係に対する深い理解をしようともしません。


人が最も真剣に考え理解しようとすることは、その人が悩んでいることです。
逆に悩んだことが無いものに関してそこまで真剣にマインドフルになることは殆どありません。
何故なら必要性に迫られないからです。


例えば呼吸というものの真髄を理解しようとしたことがある人はそうそういないはずです。
何故なら特殊な事情でも無い限り呼吸に関して悩むことが無いからです。
平均的な暮らしをしている限り呼吸は当たり前にできるし、真髄を理解する必要性に迫られたりはしないでしょう。



つまり、人間関係に悩んだことがない人というのは、人間関係の何たるかを理解していない人なのです。

多少の知識はあると言っても、悩み抱え、悩み抜いて答えを見出した人とはバックボーンがまるで違います。

金の音に耳を塞ぐトロル

人間関係で悩んだことの無い人の恐ろしい所は、無自覚に周りにストレスを与えうることです。
面接官は理解していないのかもしれませんが、
悩んだことが無い=能力に問題が無い ではありません。
致命的にコミュニケーションに問題を抱えているのに本人にその自覚がないということはそう珍しいことではないのです。

本人に自覚が無ければ実際どんなに周囲にとって煩わしい人間であったとしても他人との関り方で悩むこともないし、悩んだことが無いので自分はどんな人とも上手く関われると思い込むことでしょう。


自称コミュ力の高い人間はチームにいると非常に迷惑な存在と言えます。
彼らにとって他人の気持ちなどお構いなしなのですから。

こんな人間を雇うのは、大変リスキーなことだと私なら思うのですが、
世の中の企業はどうなのでしょうね。
それでも「嘘でもいいから悩んだことが無いと言え」のスタンスを貫くのでしょうか。

悩んだ経験は成長の証

勉強する子ども

もし人間関係に悩んだ経験があるか質問するなら、質問者は「はい」か「いいえ」で判断するのべきではないし、
回答者はそれにきっちり答えられるよう、自分の経験についてよく思い出し、そこから何を学んだのか理解しておく必要があります。


人間関係で悩んだ経験は貴重な財産を残してくれます。
誰でも得られるものではありませんし、悩まずに得られるものでもありません。
それは人間関係について人一倍深い理解をもたらしてくれる自分だけの財産です。


その時は只々つらくて、得るものなんてないという人もいるでしょう。
しかし時間を置いてじっくりと振り返ったら、そこから人間関係にまつわる重要な気付きが得られるはずです。

過去に抱えた悩みも今抱えている悩みも、全ては自分を大きく成長させてくれる栄養なのです。

夕暮れのひまわり


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

今回は人間関係にフォーカスしましたが、
どんな分野においても悩むことは貴重な経験です。
自分を理解し、その分野のことを理解し、自らステップアップするチャンスです。


もし私が会社やチームのリーダーになったら、
人生において悩んだ経験を余さず自らの血肉にしている人を仲間にしたいです。


それでは、また。


YUKISHIBA