震える心へ

―自分が自分であり続けるために―より良く、より自分らしく生きるためのヒントになる話を考え付く限りの角度から話していきます。

自分が自分であり続けるために

こんばんは、YUKISHIBAです。

初めましての方も、既に知ってくれている方も、
これからよろしくお願いします。


さてまず1本目の記事ということで、
当ブログと私の紹介をしていきたいと思います。

YUKISHIBAについて

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表現集団「MALICE BERRY」の主宰者として楽曲制作・歌を担う。
2017年より札幌を中心にライブ活動開始。
「重低音の悪夢に溺れる世界」というテーマのもと、
悪夢的な表現活動を通して心の自由の実現を目指す。


音楽は激しくも幻想的で、世界・空間を感じるものが好き。
また音楽に限らず表現することが好きで、様々な形で表現しながら生きる人生を目指している。
ブログもその一つで、ある時から文を書く面白さに目覚め、好きが高じてブログを開設。

当ブログについて

当ブログでは「自分が自分であり続けるために」というテーマのもと、
私YUKISHIBAが日々考えていることや考察によって気付いたこと(悟り)をお話ししていきます。

私は自分が自分であるための考え方や生き方をいつも模索しています。
本当の意味での自由とは?
自分にとって本当の幸せとは?
このような苦しみを抱えた時にヒントになるお話をしていきます。

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とは言っても上から説教をするような話し方はしません。
そんな立場ではないですから。
何より、ここで書くお話を最も必要としているのは、他ならぬ私自身です。
だからこそ出来得る限りの視野でこの複雑な命題を考察していきます。

そしてそれが私自身へのヒントであることは勿論、
私と同じように生き方を模索している人や、
人生に悶々とした苦悩を抱えた人達へのヒントになればという思いで
ブログという形で、その考察の過程の記録を皆に共有していきます。


また今頃になって読書の楽しさにも目覚め、
記事の中で本で学んだ内容を参考にすることもあります。

記事によってはそういった参考図書も紹介します。
自分が自分であり続ける人生を実現するため、
人生を本当の意味でより豊かにするための新たな視野・ヒントが得られる本をセレクトします。

「自分が自分である」とは

―あなたは本当にあなたですか?
こう問われて「当たり前だろう」と言ってしまうようでは、
実はまだ「自分」というものがどういうものなのかを理解しているとは言えません。

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何故なら自分が自分かどうかを知るためには、まず自分という人間の根本を理解しなければならず、
その上で「そういう自分として」生きられているか、日ごろの自らの選択をよく顧みる必要があるからです。


人間食べて寝ていれば生きてはいけます。
しかしそれを「自分」を生かすとは言いません。
それはただ肉体の生命維持をしているだけです。


この記事を開いている間だけでもいいので、胸に手を当てて考えてください。
あなたは日頃の自分の行いをどれほど顧みていますか?
あなたが本当は何を思っているか、何をしたいのか、理解していますか?


これらが出来ていないからと言って非難するつもりはありません。
というのも殆どの人が、各々が本当の自分に気付くことを妨げられながら生きているからです。
何より私自身「答え」に辿り着いていないからです。



学生時代を思い出してみてください。
あなたが将来の夢を語った時に周りの大人が返した言葉は何ですか?
いや、そもそも夢なんてものを見つけられましたか?

学校生活で一体自分の何がわかりましたか?
就活時に学校でやらされる自己分析で一体何がわかりましたか?


学校のカリキュラムは自分を理解できるようには出来ていません。
只々煩雑で忙しく、本当に将来自分が幸せになるために大切なことを学べはしません。

来る日も来る日も背骨が曲がる程重い教科書や問題集を背負ってうつらうつらしながら登校し、
催眠術のような授業をじっと座って耐え抜くことをしいられ、
それが出来なければ学校や親から落第者という誹りを受ける。
真面目に生きようとすればするほど自分を理解しようなんて暇は無くなります。(大人からは称賛されます。しかしそれらが無責任であることに後で気付きます)

そしてそれらから解放されるころ頃には会社に”帰属”して生きる術を学び、
社会に出る頃には自分探しをする猶予など与えられないのです。
正確に言えば猶予があることに気付かないのです。
何故社会に出てから自分探しをすることはこんなにも後ろめたいのでしょうか。


家族には家族の、学校には学校の、
そして勤め先には勤め先の常識があります。
それぞれに「普通」とされるものの基準があります。

果たして生まれてからずっと常識を守り続けて、
その人には何が残るのでしょうか。


色々な問いを投げかけましたが、
私はこれらを考えれば考えるほど、
今まで生きてきた社会がいかに
自分を持たせないように出来ているかがわかりました。


しかし社会のせいだというばかりでは本当の自分は眠ったままです。

「自分が自分であり続ける」とは、
こういう従順な人間を量産する社会に自分を殺されないための知恵でもあるのです。


また社会が変わるべきだというのも簡単です。
しかし社会はあくまでも人が回しているものです。

「自分が自分であり続ける」ことは、
社会を変えるための小さな一歩でもあるのです。

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当ブログではこれから、
「世間」の中で本当の自分を生かし続ける、
或いは「世間」の束縛から自由になるためのヒントや、
人が本当の意味で幸せになるための「世間」のあり方を
可能な限り様々な角度から探り、皆と共有していきます。

どうぞお付き合い下さい。


YUKISHIBA